【個人の努力ではなんともできない社会】整形外科医として過ごした“リアル”な10年:救えなかった仲間たちと、残された想い


こちらのブログでは、普段、公では言えないような㊙️ポイントを公開しています。

※本記事は、過去の実体験をもとに再構成した個人の記録です。実在の団体・人物との関連を意図するものではありません。


私が整形外科を選んだ理由の1つ

私が整形外科を選んだ理由の1つに、治療対象が患者さんの「病気」ではなく、「怪我」である点が挙げられます。
つまり、アクシデント。
一時的に必要とする医療なので、患者は退院をもってサヨナラ、卒業の関係性です。

受傷 → 入院・手術 → 退院
「もう病院には戻って来ないでね(感動の卒業シーン)」
「はい!、さようなら!活躍してきます」

医師と患者の関係性は、いつも明るいものでした。
この関係性を明るく保つには、たった1つ、
「手術が上手」という条件が必要でした。

当時、医局員数が全国1位の某国立大学での専門研修を私は選んだので、履歴書には超エリート病院名が並びました。


楽しくってしょうがない手術

術前・術後のレントゲン写真では、折れていた骨がくっついて治癒していく変化が目に見えるので、その写真を見ながら、
患者を中心にかわす医療スタッフとの会話は――

「よくがんばりましたね」
「はい、皆さんの御陰です」
「先生、さすが良いオペですね」
「普段の病棟管理ナースの御陰です、ありがとうございます」
「皆さん良い人ばかりだから、ずっと入院してようかなぁ」
「いやいや、はやく退院してくださいよ(笑)」

病棟では笑いが絶えない良好なチームワーク。
仕事にやりがいと楽しさが共存し、

「好きな事やってるだけで感謝されて、しかもお給与ももらえる仕事だなんて信じられない、最高だ」

これが当時の私の口癖でした。


ものすごい実力社会の側面

整形外科医師だけで行われる症例カンファレンスは、いわば品評会。
誰がどんなオペをしているのか、一切隠すことはできません。
お披露目会でありながら、ボロカスに酷評を受ける場。

エリート病院ならでは。
病院の質を落とすようなことがあってはなりません。

同僚は、カンファレンスを「公開処刑」と呼んでいました。

術前と術後のレントゲン写真を提示するので、オペの出来が良いか悪いか、専門家なら1秒で見て分かります。

オペの時間、出血量、用いた器材の選定、設置位置……
様々な要素が融合し、結果、最高にビューティフルか?

必然的に、オペが上手い者のヒエラルキーは上がります。
自信満々にカンファレンスに臨める者と、怯える者。

当時は、若手医師の労働時間など気にされない時代的背景がありましたから、医局員No.1のオペ件数をこなしつつ、私は若手をまとめるチーフの役割まで抜擢されたのです。


残る罪悪感

チーフとは、一見聞こえがいいですが、これは履歴書をさらにピカピカにするポジション名でした。

要はサイボーグのように働けるので、先生たちの仕事を楽にしている――その右腕のようなものです。

オペ件数をこなすための自己研鑽には最適な環境でしたが、同時に、うつ病と自死、行方不明、病んでいく同僚たちを救えなかった仲間のひとりとしての罪悪感を、後に作ることにもなりました。

ただただ、将来有望だった若手医師が辿る最悪の末路を端で知っていながら、仲間として何もできなかったことに、後に私は苦しみます。

また、ネガティブなマインドで支配された外科医が行う手術ほど、この世で恐ろしいものはないと知りました。

人生の残りの時間を、歪んだ骨格で過ごす生き地獄は、知る由もありません。

ネガの塊だった先輩が量産した術後合併症に対する調査で、証言をしたこともありました。


不器用な医師に雑用が集まる仕組み

外科医として数年経ったある日、「アルバイト」と呼ばれる地域の小規模・中規模病院の外勤へ行くよう、言い渡されました。

「他の若手には言うなよ」
「え?あ、はい」

通常は、朝は5時6時頃から夜は深夜12時1時までの勤務でしたが、アルバイトがある日は、夜の6時から8時までの2時間の診療を担当する外勤に出るため、それを理由に院内業務を減らせる、という“印籠”でした。

先輩医師たちはこうして、労働負荷をある意味上手に避ける術を身につけていたのです。

「オレ、バイトやから他の先生に頼んで」

そして、雑用がスーッと他の医師に分配される仕組みが、出来上がっていたのです。

そして時々――
「おまえ、バイト終わったら合流しろよ」
食事会に誘われるようにもなりました。

私は、同世代たちとは完全に立場が離れてしまいました。


2024年の現在もまだ、若手医師が過労死する時代である

私の激務は、2004年に医師になってから、過労で倒れるまで約10年ほど続きました。

多少マシになったとはいえ、朝6時〜夜11時くらい。
過労死レベルの認定がもらえます。

目を見開いてニュースを見てみてください。未だに過労死のニュースはゼロになっていませんね。

私が医師になってからだけでも約20年。
過重労働文化がなくなっていないことが、よく分かります。

問題が生じたとき、大抵は組織ぐるみ。
いや、むしろ、ひどくなっている――そう思いました。

なぜなら、多くの大病院は有名大学病院の派遣先病院の1つ。
該当医師は内科。大学病院の内科なんて、どれほどの医局員数がいるか。
人員はあるはず。

でもなぜ、一人にだけに過剰に仕事が集まるのか?
ここがポイントです。

過労死例を出したある病院の院長が、記者会見で言ったセリフから、だいたいが把握できます。

「わしらの時代は…これくらい当然で…」
「自己研鑽なので、病院側が命令した訳ではない」

もうこの2大セリフだけで充分です。

つまり――
「(弱いから)勝手に残業がたまった」
「優秀な人だけが残ればいい」
「使えない若手の替えはいくらでもある」

このニュアンスが察せられるのは、同業者ならではの感覚だと思います。
そして、“あちら側”にいたからこそ。20年前から、あちこちで聞かされてきたセリフだからです。


個人の努力だけでは、なんともできない社会がある

テクノロジーや知識が容易に手に入る時代となり、個人の生産性が高くなった気がするので、なんでもできそうな気がしますが――

断じて違います。

文化や風潮、社会――
まるで何かの呪いかのように根深く残る優劣の判断や固定概念など、個人がどうにかできる範疇ではありません。

そして、絶対に忘れてはならないのが、「得をする人々の存在」。

皆が皆、社会が良くなる方向へ動いている人間だけではないということも、事実です。

得をする立場を降りる気はないでしょうから、社会が変わることを避けたいはずです。

だから――
独りで立ち向かわないで、と私は言い続けています。

たとえば、メンタル思考トレーニングなら、プロのコーチになるまで、なにもしないで。
プロの技術がないと、素人が独りではなにもできないから!

身を守ることもプロの仕事のうちです。

他人のネガティブなマインドは、そう簡単ではありません。

だから、少数精鋭のチームを作るのです。
これが私の使命とも言える解決策です。

To be continued.


Dr.EKO博士

医師・医学博士/産業医・PM&R研究医

整形外科専門医。スタンフォード大学研究医としてPM&R分野を研究後、現在は〈スラトレ®〉を中心に、ウェルネスと自己変容を支援するトレーニングおよびコンサルティングを提供中。上質な暮らしを望む方に向けた「YAEKOFU」では、人生を再設計する深い対話と伴走を行う。

▶︎ 株式会社ヤエコフやえこふクリニック