Dr.EKOが身に付けた一生ものの投資グセ
Hi everyone.
ここでは公では言いにくい㊙️を公開しています。
投資グセは生きる術だった
それは突然の始まりでした。
2016年に単身渡米し、初めて住んだアメリカが
スティーブ・ジョブズの家があったり、スタンフォード伯爵家があったり
他にもGoogleやAppleの本社があるシリコンバレーだったから、
当時(現在も)世界で一番地価が高いエリアに、
シリコンバレーの平均年収にとうてい及ばない私が
フラッと引っ越してしまったことがすべての始まりでした。
もちろん、日本からは当時の全財産と夢を預金口座にしこたまぶち込んで、
満身創痍で乗り込んだアメリカ研究医ライフ。
「暴れるぜ」
気持ちの勢いとは裏腹に、世界1の場所では思っていた半分の時点で
あっという間に、資金が底を尽きました。
そこから、生き残りをかけたマネーリテラシーの猛特訓が始まるのでした。
今回は、その1つの手段として、本人は意図しなくとも
投資の世界に進むこととなったストーリーをご紹介しました。
あばよJapan.もう帰って来る気ないから...
2016年の8月からスタンフォード研究が始業の予定で、7月に渡米。
その1か月前に大学院の博士号を取得したばかりでした。
当初、大学院の卒業は2017年の3月なので、異例の早引き?
つまり、最低でも4年かかる博士課程を前代未聞の3年で取得した
異端児がぴったりの、異例中の異例のケースでした。
通常は4年かけて、1本の卒業論文を完成させることが条件ですが、
渡米計画をだれにも止められたくなかった私は、言語道断、
3本の論文を完成させて、だれにも文句を言わせない戦略をとりました。
これは謙遜でも何でも無く、今思うと、論文の内容自体は、お世辞にも
大したものではないのですが、でもやはり、数が効いたと思います。
お気づきの通りこの頃はまだまだ、「ヤンチャ」とか「バリバリ」が抜けていない頃。
まるで、日本のすべてがイヤになったようなネガパワーを全開に、
世界に出たいポジパワーを絶妙に配合したガソリンを使っていました。
「スタンフォード行くんで」
「日本人初なんで」
「レベル違うんで」
この頃には度が過ぎて、人を寄せ付けない不良なのに、成績は良いみたいな
完全に、鼻につくイヤな奴になってしまっていました。
そしてサンフランシスコ
7月の渡米後すぐにしたことは。サンフランシスコに踊りに行くこと。
海外は随分こなれたもんで、遠い国内を引っ越すようなもんだなと
感じていたほどでした。
大阪→直行便、サンフランシスコ→Uber→Airbnbで1週間滞在中
→賃貸アパートメント契約→Airbnb場所から引っ越し完了
荷物はすでに日本から発送→3週間ほどかけて移動してあって、
アメリカのクロネコヤマトの倉庫にあるので後は国内輸送なだけ。
楽なもんさ、こなれ感を出しながら、ついでに車も購入することに。
一目惚れした車を、展示場で値切り倒して即決購入した
中古のカリフォルニアブルーのスポーツカー。
「カッコ良すぎる」
完全に有頂天となり向かうサンフランシスコ。
道中のHighwayでは、お上りさんと思われないように周囲と遜色なく140km/hで飛ばします。
サングラスをかけ、ガムを噛むか、スタバのコーヒーを飲む。
自宅からは50分くらいのちょうど良い世界を代表とする都会が
自分の庭になるのかと、心は踊らざるを得ませんでした。
ちょうど様々なイベントやパーティーが催されていて、
日本からリサーチ済みのパーティーに参加。
黒髪の黒い目が、AthleticにCoolに踊るもんだから案の定、脚光を浴びて、
認められた者がだけが許されるセンターで踊らせてもらってご満悦。
あー楽しかったと、踊るだけ踊ったら、お疲れーと後腐れ無く瞬時に解散する
アメリカスタイルに身を包み、颯爽と愛車で帰宅しました。
See you soon!
アメリカきたぁ!
そんな感じの幕開けでした。
ざまあみろ?
パーティーで知り合ったカップルをいっちょ前に、家まで送ったろかと、
近くまで車で送ってから岐路へ。
友人もできてこれ以上ないアメリカライフのスタートです。
ですが、その帰宅途中の、Highwayで事故が起きました。
調子良く150km/hで飛ばしていた時にタイヤがバースト。
命を落としても不思議ではない事態にまで発展します。
タイヤがパンクではなくバーストとは、破裂ということ。
しかも、出している時速が時速なので、
「あ!」
異変に気がついてから、3秒以内にハンドルが完全に制御不能に陥りました。
制御不能のまま横滑りした車は、7車線あるHighwayの左端の壁に
ソフトランディングする形で奇跡的に停車。
「これ、九死に一生スペシャル出演できるわ」
瞬時に酔いが覚めて、全身の血の気がひいた瞬間でした。
※カリフォルニア州では泥酔でない飲酒運転が合法として認められています
警官に助けられる?
しばらく、何が起きたのか分からなかったので車内で呆然としていると、
後ろからパトカーのサイレンが見えました。
「うわぁーやったあ。助かったー!」
「ありがとう、ありがとう、こっちです!!」
Helpのサインを送ろうと、ドライバー席の窓から顔を出そうとした瞬間
何かが見えたので、体勢を引っ込めました。
「あ!」
「え?」
窓から顔は出さずに、両方のサイドミラーから後方をみると
2人の警官が銃を構えて近づいてくる姿が見えます。
「テレビでみたやつ」
そしてなにかを叫んでいるが、まったく聞き取れない。
高速道路の騒音と、本当のNative ENGLISHだから。
NHK英会話でも英検でも、こんな場面の練習はなかった。
この時、実は、私がとったいたある行為が、
彼らに厳戒態勢を取らせる理由となっていました。
それは、助手席の前にあるケースに手を伸ばした行為。
「あー保険証ー、あーこういう時はレッカーの電話やんなー」
「日本で事故とか起こしたことないのにぃ、もぉー」
単に、保険証カードを探していたのですが、
アメリカではここに銃をしまっておくのが一般的なので
警官らには、私が先に銃を持つ前に、止めなければならない状況だったのです。
私がもし銃を持つと打ち合いになり、警官たちも自身の命を守る行為を
とらざるを得なくなりますから。
銃と命
その時はちょうど2週間前に、隣の都市で、車から降りた瞬間に
黒人の少年が警官によって射殺される事件が起きていました。
車を止められた少年が、素直に車から出たのに、
警官から発砲されたので、物議を醸していました。
当然、打つの早すぎでしょ?が、議論の中心ですが、
その判断を1秒未満でしなければならない警官もまた、ただの人間です。
コンピュータのようにゼロコンマの単位では動けません。
ましてや、少年が何かを持っているように見えたのなら。
私が次の少年?
時を同じく、私も同じシチュエーションに陥っています。
何かを探してごそごそしているアジア人です。
当時、黒人たちによる大規模なデモが起きていました。
アメリカではまだまだ白人至上主義が根強く残っていて
白人か、白人以外か、の二択になる考え方を持つ人口は
国民の半分以上と言われています。
隠れトランプ派、という言葉が流行したように
本音と建て前が異なるのは、世界共通のよう。
当然私はアジア枠ですから、「白人以外」に分類されます。
いくら、日本のお医者さんであっても、立場は黒人少年と全く同じ。
警官からしたら、この人がどこのだれだなんて、射殺後に知るやもしれないこと。
それより、今この瞬間、生き残ることだけにフォーカスが当てられました。
命乞い
話は戻って、車内でフリーズしている私。
車内で両手でも挙げていたらよかったんでしょうが、
そんな洒落たことは、一切できずにいます。
その間にも、なにかを叫びながら、警官は1歩1歩近づいてきています。
たぶん、窓から顔を出したら撃たれるんだろうな
このユニバーサル・ルールだけは、
出国前の英語漬け生活の中で映画を沢山見ていたので分かってはいました。
しかし、何度映画のシーンを思い出しても、この後どうやればSafeになるのかが
分かりません。
頭の中に、お手本がない。
どうしょう、どうしようと思っていると、ついに、
警官が運転席のドアに手が届きそうな距離まで近づいてきていました。
やばい
緊張はピークに。
窓から顔を出したら撃たれるのは分かっている。
この状況からSafeになるためには、私がSafeな人間だと証明できればいいんだろ?
と、その時、サイドミラーに写った警官と目が合いました。
チャンス!!
その瞬間、私は咄嗟に、命乞いを表現しました。
それがなんとも滑稽になってしまったのがオチなんですが、
意図せずとも、リス?出っ歯?みたいな、歪な笑顔を作ってしまったのです。
それを見て、思わず吹き出してしまう警官。
違う違う、「リス顔」をやりたかったのではなく、
とにかく、安全なジャパニーズだと伝えたかっただけ。
白い歯をより見せた方が安全に思ってもらえると考えたのでした。
それが、変に力が入ってしまい、まるで明石家さんまが、
出っ歯を強調するようにみせる表情をやってしまったのです、
生きることに真剣になりにくい日本での生活
その後、吹き出した警官が、相方に大丈夫だ!のサインを送ったのが見えました。
ホッとした瞬間、警官が運転席のドアを開け放ち、経験したことのない怒号が
耳元で聞こえました。
「両手を挙げて、降りろ!!後部座席に乗れ!」
はいはいはーい、と助かった喜びと、すごい怒号と
夜中の3時にHighway上を歩くことになる未体験ゾーンと。
もう訳が分かりません。
結局、両手を挙げるのを忘れて、指示に従いそそくさと後部座席へ乗り込みました。
その後タイヤ交換の手配から、終わるまで付き合ってくれた警官たちにお礼を伝えようと
後部座席から降りようとすると、また怒号。
一歩も動くな、とのこと。
結局、無事にタイヤ交換を終えるまで、後部座席から見守った私も
ようやく、朝方には帰宅できました。
この1件で、レッカー代やらタイヤ交換代に、修理費などで100万円ほどが飛びました。
こういった経験をするとだれもが、「日本なら、、、」を考えると思います。
- 日本なら保険がきいて、支払いは1/10くらいに、とか
- 日本なら修理に保険がきいて・・・
ですが、ここでは私が外国人。
様々なルールがあって結局、保険は適応されませんでした。
もし、日本でも同じように、何か大きなイベントがあるごとに容易に100万単位で
お金が吹っ飛ぶとしたら・・・もっとマネーリテラシーは違ったのでは、と考えます。
車の保険も国民皆保険の医療保険も、本当もありがたいことなんですが、
もしかすると昨今は、制作ができた時代となにかが、違うのでしょうか。
ある日、インフルエンザにかかった時も病院には行けませんでした。
なぜなら、私が加入していた医療保険が、様々な理由で適応されず
受診と処方代を合わせて、1回に10万円以上かかることが分かったからです。
貧困者が通う3流病院なら1万円程度で済むよ、と教えてくれましたが、
怖くて行かない、、、と自宅で独り、高熱を出して三日三晩寝込むことになりました。
玄関前に友人がスープを届けてはくれましたが、どれほど辛かったことか・・・。
人生で一度くらい、海外で住んでみたら良いと思う
日本国内にいると絶対に分からないことが、海外に住むと毎日分かるようになります。
- 命を落とす機会はすぐ側にあること
- 個が真剣に自分のライフに取り組まずして、健全な社会の構築などありえないこと
私はこの2点だと思います。
このセリフの重さを最も感じていないのが、ずっと日本に住んでいる日本人だと
リトアニア出身の知人が、勿体なさそうに言ってくれました。
東京の東横キッズたちも、毎日死にたいと言って、彷徨っています。
「毎日が真剣」
自分の生活に真剣な文化的背景を持つ人種が発明した1つに、株式投資があります。
世界最初の株式取引が行われたのは1600年代、ヨーロッパです。
日本では導入こそ1880年頃でしたが、普及せぬまま世界大戦へ突入し完全に途切れ、
復活にも時間がかかり、結局、国内の株式が活発化したのは、
東京証券取引所と大阪証券取引所が設立された1949年以降です。
なので、歴史が違います。
それが、急にここ1−2年で政府が、株式投資を国民に推奨するもんだから
歴史を知らない種が、浅はかな知識のもと実施してしまい、
投資は生活の一部なので、1円たりとも失うような設定はあってはならないのですが
目の前の増益に期待し、容易に資金を失うようなギャンブル性が高い現象を
生んでしまっている理由だと思います。
投資はただの生きる術
渡米後あっという間に資金が底をついた私は、生き抜く術を考え始めます。
まずは、自分の今のスキルでできるアルバイトメニューを作りました。
コツコツ生活費を貯めていきました。
異国の地で行うアルバイトは、随分とグレイゾーンでした。
Under table moneyと呼ばれ、机の下で、こっそり手渡しするという意味です。
不法滞在の外国人労働者が生活費を稼ぐ方法でした。
そして、コツコツ溜まった資金を株式に投入することにしました。
そこで、運命的とも言える米国株式投資のプロに出会います。
「寝てる間に金が増える」を実際に体現し、今はHawaiiの豪邸に住んでいる方に、
即日、弟子入りしました。
そこで教わったのは、投資は生きる術だと。
世界では生まれつきの貧富の差、階級の差から、必然的に学歴の差が生まれ、
格差は広がる一方です。
これが白人以外が、成り上がれない仕組みになっているのだと言います。
変えられない逆境を変えるための唯一のチャンスとして生まれたのが、貨幣制度。
そして、爆発的に増やす手段が、株式だと知りました。
株式が発祥したのは時代をさかのぼり、大航海時代。
奴隷達が、ヨーロッパから海路でインド・アジアに渡り、香辛料などを持ち帰りお金に変える
貿易事業が盛んに行われた時代でした。
この奴隷達に、少しでも多く給与を渡して、奴隷から抜け出すチャンスを作ってあげようと
考え出された策が、最古の株式の始まりでした。
高価な香辛料をたくさん持ち帰れば大きな利益が見込めることから、
航海に出る前に、お金持ちから多額の出資を募ります。
そして、それを航海から戻ったら、奴隷達と出資者に分配するのです。
現在の配当金制度とは異なりますが、まさに、生きるため、生活のためがスタートでした。
なので、ギャンブル性がメインでないことが分かります。
Dr.EKOが身に付けた一生ものの投資グセ
それは、常に、一石二鳥ではなく、一石三鳥や一石四鳥となる仕組みを考えること。
例えば、Google社の株式を所有すれば、利点が2つあるだけでなく、
3つも4つも、利点は多ければ多いほど良い、という考え方になります。
例えば、Googleは環境問題への寄付金が多く、今年は慈善活動を増やす予定らしいと
年1回の総会で発表されたので、今年の保有率を上げようかな、といった考え方です。
他にも今年は、AI事業を強化して、言葉が分からない人種へのビジネスの機会の増加を
見込むらしい、とのことで、さらに保有を増やそうかな、などです。
といいつつも、一度でも決算、つまり結果発表が予定通りでないと評価に×が付きます。
株式は生活ですから、安定や安心が最も重要視されます。
つまり、安定しない経営には安心出来ませんから、信用されなくなるという方程式です。
つまり、安定しない経営には安心出来ませんから、信用されなくなるという方程式です。
一気に大口投資家たちから、見放されることになる本当に、厳しい世界です。
ついこないだも、私が保有する株式のクルーズ会社が、暴落しました。
理由は、運転手の1人がとった、出発時間を守らなかった乗客への態度が
非常に悪かったとのことで一夜にて10%の下落がありました。
話題沸騰だった株式だけに、株価は一気に冷え上がりました。
JUSTICEの世界
そもそも、株式は奴隷に与えた生きる術だったので、正義や公平性(JUSTICE)が
追求される世界観でした。
決算つまり結果発表が悪ければ、一発アウト。
言っていたのに、やらなかった/できなかった、は通用しません。
信用を失った企業は、取り戻すために永遠とも思える努力をし続けないと
未来はありません。
ところで、日本で一度流行ったZOOMの株価の行方は、ご存じでしょうか?
ワークライフのオンライン通話のページ でも取り上げましたが、
余程の偉業を達成しない限り、株価はもう戻って来ないと私は踏んでいます。
なぜなら、一度でもあってはならない、情報管理の脆弱性と中国への漏洩の事実が
確認されたからです。
同様に、日本でも、LINE株式会社が韓国に漏洩している事実が発覚しましたね。
その後、私は一切使わなくなりました。
その企業の製品を利用するという事は、その企業を応援していることになりますので。
これが、身に付けた投資グセです。
信頼を回復するまで、待ってはあげるよ、でもダメなものはダメ。No means NO!
これは人間関係においても、当然言えることです。
一度でも、あってはならない行為があれば、the End です。
真面目にスラトレ®の宿題でもして、
ネガを9割取り終わるまで、私と再び会話することはありませんw
ただ、私もこの辺は日本人でして、、、3回までは見送ってしまいますね。
ですが、4回目はありません。こればっかりは絶対。Never ever.
自分の正義を守る働き方・生き方ができれば大丈夫
ただいまワークライフでは、どんな仕事する?どんな生き方する?
多種多様なライフの色を個々が模索中です。
そこでやはり根底にある自分(JUSTICE)を気に掛けると様々な答えが
見えやすくなり、心と頭と身体に一貫性があるので、生きやすくなります。
こんな仕事しようかなぁーけっこうバイト代もいいしぃー
→ それ、一体なんのため?(自問します)
→ それ、一体なんのため?(自問します)
(自分正義を直視しにくくなる瞬間)誘われたら、うーん断るのもなんだしな、
こういった場面にもJUSTICEは自問自答に役立ちます。
後悔が1mmもない、自分(JUSTICE)を貫き通せる姿に、自分自身が感動するほどです。
是非とも真の投資グセ、つまりは自分のJUSTICEを守り抜く強さを手に入れ、
大航海へ出られてみても良いかもしれませんね。
きっと、人生をEnjoyする、という意味が体感できるのかなと思います。
今日が残りの人生の中で最も若い日です。
Thank you for reading.
ーDr.EKO
お知らせ
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THRIVE worklifeオンラインサロン限定ブログに
投稿したい方は他にいらっしゃいませんか?
このサロンは、いよいよ具体的に、生活や仕事、
人生を自分流にカスタマイズさせ、遊ぶように、
趣味で働くように?生きていくコースです。
有益な情報の投稿をお待ち申し上げております。
アウトプットの練習にも👍
ちなみに、初級メソッドでのネガティブテーマ等は
スラの庭オンラインサロンの方で是非とも
アウトプットしましょう😊。