■「認知革命」──虚構が生んだ人類の力と危うさ
こんにちは。今回は、ユヴァル・ノア・ハラリの名著『サピエンス全史』の中でも特に核心的な概念である「認知革命」について、スラトレ®的視点から読み解いてみたいと思います。
■「認知革命」は何がすごかったのか?
今から約7万年前、ホモ・サピエンスは「認知革命(Cognitive Revolution)」と呼ばれる大きな転機を迎えました。
この革命は、人類の身体的特徴が変化したわけでもなければ、道具や住居といった生活環境が劇的に進化したわけでもありません。
ここで一つ、「進化」という言葉について整理しておきたいと思います。
「進化」と聞いて私たちが思い浮かべるのは、多くの場合、“目に見える外側の変化”です。
たとえば:
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キリンの首が長くなる
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北極のホッキョクグマが白くなった
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寒冷地では体毛が厚くなるといった動物の身体的適応
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「最近の子は足が長いね」と言われるような、人間の姿勢や栄養による比較的短期的な身体変化
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さらには車や家電製品、ついにはスマホの登場、タワーマンションの普及、インフラ整備など、文明やテクノロジーの発展
これらはすべて、“外側の進化”=身体や生活の目に見える変化です。
ところが、認知革命がもたらしたのは、これらとは異なる種類の進化でした。
それは、「心の使い方」そのものが変化したこと──言い換えれば、“内なる進化”です。
■「虚構を語る力」が人類を変えた
この内なる進化によって、私たちは「現実には存在しないもの」を信じ、語ることができるようになりましたし、信じることができるから「内なる進化」が見られたのかもしれません。
「山の向こうに精霊がいて、我々の行いを見ている」といった物語がまさにそれです。
そしてこの「虚構=フィクション」を多くの人が共有することで、見知らぬ他人同士でも協力できるようになります。それゆえ、国家、宗教、貨幣といった大規模な社会構造が築かれていきました。
中でも「お金」は、宗教や国家よりも遥かに普遍的かつ強力なフィクションだと、ハラリは述べています。
一方、ネガティブな虚構を信じてしまった一部の人間たちが、ネアンデルタール人を絶滅させてしまったという説もあります。
つまり、「ネアンデルタール人が、我々の食物を奪いにくる」「攻撃してくる」といった噂がひとたび広まってしまえば、それを信じたホモ・サピエンスが身を守るため先に攻撃に出ても無理はないのかもしれません。
■スラトレ®的に言えば、「虚構=ネガちゃん」なのか?
ここで疑問が生まれます。
「虚構ってネガちゃんのことなの?」
答えは、「一部イエスで、全体としてはノー」です。
たとえば上記のように、「精霊が見ているから悪いことをしてはいけない」といった物語が、
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「精霊が決めた”いいこと”をしていない私はダメな人間かもしれない」
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「本音を出すと罰が当たるかもしれない」
というように恐れや罪悪感をベースに行動を縛るものなら、それはネガちゃんです。
しかし一方で同じ物語が、
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「見ていなくても誠実でいたい」
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「誰かに守られている気がする」
というように安心感や誠実さを支える力になっていれば、それはポジちゃん的な支えになります。
つまり、スラトレ®の視点ではこう言えます。
虚構=中立。ネガちゃんにもポジちゃんにもなり得る「物語」なのです。
だからこそ大切なのは、その物語が
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自分を縛っているのか?
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それとも支えてくれているのか?
その違いを見極め、自分で選び直す視点です。
■認知革命は、現代にも起こせる
『サピエンス全史』の最後で、ハラリはこう問いかけます。
「それで、私たちは幸せになったのか?」
これは、まさにスラトレ®が日々取り組んでいる問いでもあります。
外側の進化(人の外見、テクノロジーや経済)が進んでも、内側の進化(心の在り方)が伴わなければ、幸福にはつながらない。
今この瞬間も、私たちは「何を信じるか?」「どんな物語を生きるか?」を自ら選び取ることができます。
今起きている戦争は、7万年前に行ったネアンデルタール人絶滅と何が異なるというのでしょうか。
SNSやYouTubeで「イランが悪いらしいから、攻撃されて当然だよね」「○○は正義だよね」といった噂は、果たして本当なのでしょうか。
もっと身近でいうと、「○○だけで毎月10万円稼げます」から、「△△さんはいい人だから信じていいよ」まで。
あなたは、本当に“人”を見抜けますか?
現代を生きる私たちは、第二の認知革命の中に生きていることを自覚せねばなりません。
さもないと、毎日見聞きする薄っぺらい情報を鵜呑みにしかねませんから。
■おわりに──次なる物語を、自分で選ぼう
認知革命によって、私たちは「虚構を信じる力」を手に入れました。(手に入れたのか元々あったからこうなったのかは不明)
いずれにせよ今、スラトレ®を継続する私たちは、「自分を縛るネガティブ物語」から「自分を育てるピュア&ポジティブ物語」へと、書き換え中です。
生き方は、与えられるものではなく、選び直すもの。
物語の力をどう使うかは、私たち自身にゆだねられています。
次回は、「農業革命」に焦点を当てながら、
“豊かさ”と“不自由さ”の始まりについて、スラトレ®的に探ってみたいと思います。
どうぞお楽しみに。