こんにちは。前回は、「認知革命」によってサピエンスが“虚構”を語り、信じる力を得たことが人類の繁栄を支えた──というお話をスラトレ®的に読み解きました。
今回はその続き、「農業革命」について考えてみたいと思います。
■農業革命とは何だったのか?
今から約1万年前、サピエンスは狩猟採集の生活を手放し、農耕を始めます。
これが、「農業革命(Agricultural Revolution)」と呼ばれる出来事です。
一見、「食料が安定し、生活が豊かになった」と捉えられがちですが、ハラリはこの革命を「史上最大の詐欺」とまで言います。
なぜなら、人類の生活の質は、実は大きく後退したからです。
■豊かさと引き換えに失ったもの
農耕生活により、人間は一定の土地に定住し、家族や所有という概念を持つようになりました。
しかしそれと引き換えに、以下のような変化が起きます:
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食事は穀物中心に偏り、栄養不足や病気が増加
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労働時間は増え、身体の負担が増す
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余剰生産物を守るための争いが頻発
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格差や階層、支配と被支配の構造が生まれる
つまり、「食べ物が安定したから幸せになった」とは言えない現実が、農業革命の影にはあったのです。
■スラトレ®的視点:ネガちゃんを育てた“安定への執着”
農業革命の最大の副作用──それは、「持つこと」に対する執着です。
食料を蓄えるようになった結果、人間はこう考えるようになります。
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「失ったらどうしよう」
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「もっと蓄えないと不安」
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「他人に奪われるかもしれない」
こうした“恐れ”に根ざした思考が、ネガちゃんの温床となりました。
つまり、不安を避けるために安定を求めすぎることで、逆に不自由になっていったのです。
現代でもよく聞かれるこのセリフ──
「もし仕事を失ったらどうしよう」
「もっと貯金しておかないと」
「将来が不安だから、今を我慢しないと」
これらは、農業革命以来、私たちが長く信じてきた“安定幻想”の延長線上にある物語です。
■現代に生きる私たちへ──心の畑を耕すということ
ここで、スラトレ®の問いを立ててみましょう。
「私は何を“失ってはいけないもの”として抱えすぎていないだろうか?」
安定を求めることそのものが悪いわけではありません。
けれど、それが「ネガちゃんの物語」による思い込みであるなら、
本来の豊かさや自由を見失っている可能性があります。
農業革命で人類が始めた「土地を耕す」という行為──
今の私たちに必要なのは、“心の畑”を耕すことかもしれません。
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不安からの努力ではなく、愛からの選択をする
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執着ではなく、信頼をベースに生きてみる
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「何を持っているか」より、「何を与えられるか」に目を向ける
それは、現代を生きる私たちが手にできる、新しい農業革命とも言えるでしょう。
■おわりに
農業革命は、私たちに豊かさと不自由を同時に与えました。
そして現代の私たちもまた、「持つことへの執着」がもたらす心のネガちゃんと向き合いながら、自分の内なる畑をどう耕すかを選べる立場にあります。
今度は「科学革命」──
「無知を認める知」がどのようにサピエンスを導き、
その一方で、心を置き去りにしてしまったのか──
スラトレ®的に掘り下げていきます。
お楽しみに。